~北前船と美浜町~

早瀬地区


夢と文化を運んだ北前船の面影 ~北前船と美浜町~
(美浜町ホームページ)
https://www.town.fukui-mihama.lg.jp/soshiki/29/8988.html


北前船は江戸時代の中頃から明治30年代まで、日本海回りで北海道と大阪を往復しながら商いを行っていた商船の総称です。
北前船はただ積み荷を運ぶ船ではなく、運んだ積み荷を商品として売り買いすることで利益を得ていました。

ある寄港地で安く買った商品を、別の寄港地まで運び高く売ることで、船主たちは一攫千金を得ることが出来ました。しかし、仕入れた商品が売れなければ逆に損失を被るのはもちろん、万が一船が沈没や遭難すれば商品のみならず、船も乗員の命もすべて失われる可能性があるハイリスクハイリターンの航海でしたが、多くの船乗りたちが帆船で海に繰り出したのです。
また北前船は経済のみならず、文化にも日本各地の文化にも大きな影響を与えました。代表的な例をあげると、北前船によって北海道からもたらされた昆布によって西日本で昆布だしを使った食文化が生まれるなど、北前船は商品とともに文化を運びました。

早瀬、久々子、坂尻など日本海若狭湾に面した集落からも北前船が出航しました。特に早瀬には多くの船主が住し、大小含めて数多くの北前船を所有する当町内きっての寄港地であり、経済的に大変豊かな集落として繁栄しました。美浜からは特産の油桐の実「ころび」を絞った油や、肥料として価値の高かった干鰯(ほしか)、そして米や小豆、素麺などの食べ物が運ばれる一方、縁起の良い魚とされたシイラの他、鯖や小鯛などの塩干物から、鉄や焼物といった様々な物品が北前船によって美浜にもたらさています。また、船を持っていない場合も、船員として雇われ敦賀などから北前船に乗船した人々もいました。

美浜町では現在、文化庁が地域の歴史的魅力や特色を認定する“日本遺産”の北前船ストーリー「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間 ~北前船寄港地・船主集落」への追加認定を目指し、北前船に関係する歴史・文化財の再発見に取り組んでいます。


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